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留学支援
留学経験者インタビュー

現在、AFI(アメリカ映画協会付属大学院)に留学中の木野下有市さんとUSC(南カリフォルニア大学)フィルムスクール留学を経験された鈴木智也さんにお話を伺いました。

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木野下有市さん(AFI在学中)

1980年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、三菱商事を経て広告会社勤務。大手飲料・製薬メーカーの広告キャンペーン等を担当。2008年8月よりアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI/米国映画協会)大学院にて映画プロデュースを専攻。ギャガ会長・東京国際映画祭チェアマン依田巽氏の寄付で設立されたAFIの奨学金を受け、芸術学修士の取得を目指して勉強中。

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鈴木智也さん(USC卒業)

98年博報堂へ入社後、企業のマーケティング戦略立案・TVCM製作などに携わる。05年より博報堂DYメディアパートナーズ・メディア環境研究所にて次世代メディアビジネス・コンテンツ企画開発を担当。09年USCフィルムスクール留学(映画プロデュース専攻)を経て現職へ復帰。日本発コンテンツのハリウッド展開、デジタルメディアにおけるコンテンツプロデュースを専門領域として活動中。




 

木野下有市さんインタビュー

現在、AFI(アメリカ映画協会付属大学院)に留学中の木野下有市さんに、お話を伺いました。

なぜ米国のフィルム・スクールをめざしたのか

現在ワシントン州立大学・金沢工業大学教授を務められている北谷賢司氏の著作「エンタテインメント*ビジネス」(新潮社、1999年)を読んで、北谷氏のように、エンタテインメントをビジネスとして扱うプロデューサーになりたいと思ったことがきっかけです。読んだ後、知人を通じて、北谷氏に連絡を取り、お話を伺ったりすることができました。

 広告会社に入社してからの3年間は目の前の仕事にがむしゃらに取り組んでいましたが、昔からビジネスとしてのエンタテインメント・コンテンツに興味があり、英語力を鍛えたいという思いもあったので、4年目くらいから留学を真剣に考え始めました。また、プロデューサー論が発達した米国で、体系的にエンタテインメント・ビジネスについて学べるという点からもフィルム・スクールという選択肢は魅力でした。

 しかし、仕事に従事しながら、TOEFLの試験など英語力も上げなければならず、勉強を続けることは正直大変でした。AFIとコロンビア大学院に合格しましたが、スカラシップがもらえるという好条件、そして北谷氏からの強い推薦によりAFIへの入学を決めました。

入学早々、撮影の現場へ

AFIは概して映画製作の経験を持った学生のみを受け入れ、2年間で4本の作品を作るカリキュラムになっています。入学してすぐにプロデューサー・脚本・監督・編集・撮影監督・美術の6コースから一人ずつがいきなりチームを組まされ、シーンの撮影を行うカリキュラムが準備されていることからも、「映画製作のための大学院である」という特徴が伺えます。即戦力になれる人材を養成することを学校の目的としているのです。生徒の平均年齢は27-28歳くらいで3-4年の実務経験を経ている人が大半です。

 私は映画製作の経験もなく、英語力のハンディもあるので大変でしたが、打ち合わせなどでは、紙ベースで情報をもらう、書いて確認するなど工夫をしました。本来は、英語力を埋め合わせるために、使った手法でしたが、実は、ハリウッドでは、書面で確認をする作業が多いのです。結果的には、これが実践的な練習にもなり、よかったと思っています。

  講師陣はスタジオ幹部・エージェント・プロデューサーなど、現場で活躍している映画関係者ばかりで、質の高い講義が聞けるのはとても大きな魅力です。また最近は映画製作のみならずテレビやビジネスのカリキュラムにも力を入れています。

AFIで学べること

AFIの特徴は、人間関係のマネジメントまで含めた実際の現場そのものといった体験ができることだと思います。こだわりのある、個性の強いクリエイターと一緒にいかにスムーズにコミュニケーションをとり、またマネージしながら、良い作品を仕上げて行くのかを学ぶことができます。

 扱うものは映像・映画ですが、プロデューサーとして人間関係のマネジメントをしながら新しいものを作り上げて行く、という作業は「起業家養成塾」とも言えると思います。また、グローバルなビジネスを展開していくためには、日本人の強い面と、弱い面を把握し、上手に使っていくことも必要だと肌身で感じています。

 日本人の強みとしては、仕事に対する責任感が高いことや、期限をしっかり守ることなどがあげられ、実際にチームを組むときにも人気が高いポイントです。しかし、非常に自己主張が強い海外のクリエイターと一緒に働く場合には、欧米的な自己主張力や交渉力を持たないと対等にはやっていけません。

ファイナンスやエンタテインメント法、マーケティングといったビジネスの側面を学びつつ、製作プロジェクトを通じて実践的な映画プロデュースを並行して体感できる場所、それがAFIでした。この経験は今後色々なところで役に立つだろうと思っています

(インタビュー日時:2010年7月8日(木)Redondo Beach, Californiaにて)



kinoshita.jpg木野下有市(きのした ゆういち)
1980年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、三菱商事を経て広告会社勤務。大手飲料・製薬メーカーの広告キャンペーン等を担当。2008年8月よりアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI/米国映画協会)大学院にて映画プロデュースを専攻。ギャガ会長・東京国際映画祭チェアマン依田巽氏の寄付で設立されたAFIの奨学金を受け、芸術学修士の取得を目指して勉強中。


木野下さんの留学体験記は、以下のウェブサイトにて詳しく紹介されています。
「ハリウッド・フィルムスクール研修記」(東洋経済オンライン)(全12回) 「LIVE REPORT from AFI~現役学生による米国フィルム・スクールレポート ~」(連載中)
(映像産業振興機構サイト内)
  • 【目 次】
  • 【第一話】フィルム・スクールとは:ハリウッド業界でのフィル ム・スクールの役割
  • 【第ニ話】米国5 大フィルム・スクールとその特徴
  • 【第三話】AFIが誇る「コンサバトリー・モデル」とは

    •  

      鈴木智也さんインタビュー

      09年にUSC(南カリフォルニア大学映画芸術大学院)を卒業しプロデューサーとして活躍している鈴木智也さんにお話を伺いました。

      「自分の人生は自分自身で決める」強い気持ちで臨んだフィルムスクールへの留学

      suzuki2.jpg  コンテンツの投資・プロデュースの仕事をしたいという希望を持って博報堂に入社しました。留学までの約10年のキャリアでは主として外資系広告主のブランディングに従事、その後博報堂DYメディアパートナーズ、メディア環境研究所に異動しブランデッドエンターテイメントのプロデュースやデジタルメディアのビジネス開発などに従事しました。

       しかし私はプロデューサーとしてのビジネスチャンスは、海外でも戦えるようなコンテンツを製作することではないかと考えていて、何故ハリウッド映画、テレビ番組が世界で戦えているのかという仕組み・秘密を体で学びたいと米国のフィルムスクール・プロデューサー学科を目指しました。

       会社ではビジネススクールへの企業派遣の例はありましたが、フィルムスクールへの派遣は例がなく、退職というケースも覚悟しましたが、「人生は一度限り、自分の人生は自分自身で決める」という強い想いがあり、結果として会社も留学を後押ししてくれることになりました。

       留学を応援してくれた多くの方々や会社に本当に感謝していていますが、このプロデューサープログラム留学支援制度がもっと早くあれば私も絶対に申し込んでいたと思います(笑)

      入念に行った留学準備

       私は帰国子女でもなく、学生時代に短期留学の経験があっただけですが、英語の必要性を痛感し勉強を続けていました。 USCはGRE(アメリカ合衆国やカナダの大学院に進学するのに必要な共通試験)のスコアはもちろんですが、A4約1ページ半という短いエッセイの中で自分を表現しなくてはなりません。また推薦状3通も非常に重要です。私は自分を良く知る上司、友人、会社の先輩に推薦状を依頼しました。USCの入学試験は「GRE・エッセイ・推薦状+面接」で自分をトータルにプレゼンテーションするためのパッケージが求められていると思います。特に面接で十分な英語力があるとアピールできるよう、インタビュートレーニングにはかなりの時間を費やしました。

      「クリエイティブ・プロデューサー」を育てる
      USCピータースターク・プロデューシング・プログラムの授業

      suzuki4.jpg  スタークプログラムでは25人全員が2年間同じクラスで全科目必修の授業を受けます。クラスには自分を含め7人の留学生がいましたが、みな母国語に近いレベルで語学力があり、初めは授業に付いていくので必死でした。

       スタークプログラムの授業は2年間で44単位、すべてが必修科目で構成され映画・テレビ番組製作で必要となる全ての要素を学べるカリキュラムになっています。 クリエイティブとビジネスのクラスが半々で構成されており、クリエイティブのクラスでは16ミリフィルムでのショートフィルムの制作や脚本分析、脚本改良、脚本執筆、ピッチ(プレゼン)など、またビジネスのクラスではファイナンス・契約、テレビ番組プロデュース、スタジオマネジメントといった映画やテレビ番組を作るために必要なビジネス面の知識を全て現役のプロフェッショナルから学びます。

       1年目は朝から夜10時まで、びっしり授業や映画制作があります。語学のハンディを抱えて夜は宿題、土日は撮影と寝る間もなく授業について行くのが精いっぱいの状況で通学時間が惜しくて学校から車で5分くらいの住まいを借りていました。 2年目は夜間だけの授業になり、昼間はハリウッドのエンターテイメント会社でインターンすることが可能な設計になっています。私自身は20世紀FOXで半年間インターンをしていました。(スタークプログラムでは8週間以上のインターンが卒業のための必須条件です。)

       USCのスタークプログラムの特長であり、現在も非常に役に立っていると思うのが「脚本分析」のクラスでした。毎週2本長編映画の脚本を読み、10P程度の分析レポートを提出するといった内容のクラスです。課題のうち一本はアカデミー賞受賞作品など名作脚本を読み、いわゆるハリウッドフォーマットで脚本を分析する術を学びます。そしてもう一本は開発中の作品の脚本を読むのです。プロデューサーやライターがゲストスピーカーとして開発中の脚本を持ってきて解説してくれます。守秘義務があるのでここでは作品名に触れることはできませんが、クラスで読んだ開発中の脚本が、後に大きな賞を受賞したケースも多々あります。このクラスでは1学期間で約40本の分析を行いましたが、自然と本を読むための筋肉のようなものが身についてくるのです。スタークプログラムではプロデューサーは"ストーリー"を見つけ、磨かなれければならないとされており、脚本開発は全ての基本であるという考え方に基づいて脚本に関するクラスだけでも3コマ用意されており、実際に自分でも長編脚本を執筆する必要があります。脚本の映像化権を抑えるのはプロデューサーであり、その脚本を改稿していく過程をしっかりと学びます。ハリウッドでは最初の企画→脚本→実制作に入るまで約7年かかるといわれます。数十億、時には数百億投資するビジネスですから、それだけの年数をかけ改良・改訂し、その過程をマネジメントしていくことがプロデューサーの大きな仕事とされているのです。

       帰国後に活かせているカリキュラムとしてはファイナンスの授業もあげられます。単なる知識だけでなく、興収の分析方法やデベロップメントスタジオ運営のフィージビリティスタディ、権利の切り分け方に伴う資金調達など映画・エンタテインメント業界に特化したファイナンスを学んだことは現在担当しているプロジェクトにも非常に役立っています。

      USC・スタークネットワークの価値

      suzuki3.jpg  USCという名前はハリウッドで働くには有効だと思います。ハリウッドで働く人の多くがUSC出身という話もあり、積極的に情報交換をしています。またプロデューサー学科であるスタークプログラムでは特に業界との関係を大切にしており、学生一人について業界のプロフェッショナルをメンターとしてアサインしてくれます。私のメンターは「バベル」をプロデュースしたSteve Golin氏で必要な時にアドバイスをもらえることになっています。また無給でもインターンのポジションを得ることが難しいハリウッドで、スタークプログラムの学生には有給でのインターンを学校側が手配してくれるなど有利な点もあると思います。

       何よりも同じ24名の仲間と2年間常に一緒に授業を受けることで得られるネットワークは非常に強力なものだと感じています。 日本に戻ってからもスタークプログラムの先輩や同級生から日本でのコンテンツ獲得や展開に関して情報提供の依頼や業務の相談が度々あるなど、今後もこのネットワークが活かせると実感しています。

       またUSCスタークプログラムの学科長であるラリー・ターマンの高潔さもプログラムの特徴だと思います。ハリウッドプロデューサーといえば、いい加減なイメージを抱かれることもありますが、スタークプログラムでは信頼を裏切らないことがプロデューサーの務めという倫理観の浸透を徹底しています。

      プロデューサーとしての夢

       日米の製作の仕方にはもちろん違いがありますが、どちらがいい、悪いということはないと思っています。ただ国内だけでは戦う市場は小さくなっていきます。今後はアジアや世界で戦え、感動を与えられるストーリーを持ったコンテンツの製作に挑戦したいと考えています。例えば日本が持っている、コンテンツの根をしっかりと理解して、それを海外市場で通用するかたちにリメイクしたりや共同製作として展開するなど、日本のコンテンツを様々な形で海外で戦えるコンテンツとしてプロジェクトをプロデュースしていきたいと考えています。はじめからアジア・海外市場を意識した脚本・ストーリー開発やビジネス・ファイナンススキームに取り組んでいくことが重要だと考えています。

       また会社の仕事ではありませんが、現在USC制作学科(監督コース)の友人の宮崎光代さんが監督する「TSUYAKO」という作品のプロデュースをお手伝いしています。すでに日本において日米スタッフ共同で撮影し、LAで編集の予定ですが、これから世界中の方に見ていただける良い作品に仕上げていきたいと思っています。

       ハリウッドで映画・テレビ番組プロデュースの勉強だけを2年間徹底して行えた時間は私にとって宝物のような時間です。今回の国の留学支援制度を使って、留学される方が、同じような素晴らしい経験をされることを願っています。

      (インタビュー日時:2010年7月12日(月))



      suzuki5.jpg鈴木智也(すずき ともや)
      98年博報堂へ入社後、企業のマーケティング戦略立案・TVCM製作などに携わる。05年より博報堂DYメディアパートナーズ・メディア環境研究所にて次世代メディアビジネス・コンテンツ企画開発を担当。09年USCフィルムスクール留学(映画プロデュース専攻)を経て現職へ復帰。日本発コンテンツのハリウッド展開、デジタルメディアにおけるコンテンツプロデュースを専門領域として活動中。




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